「人生に学ぶ」ということ

フリートーク

from.

こんにちは、Jayです。

今日は短めです。

人生は学びの連続である

とはよく言いますが、

「何を学びと捉えるのか」によって
その後の方向性は180°変わります。

つまり、学びを得るたびに、
人生が岐路を迎えるわけですね。

その分岐のポイントは、

・価値観を付け足すのか
・価値観を手放すのか

この「どちら」を選ぶかです。

価値観を付け足す方
知識」や「知恵」と言い、

価値観を手放す方を、
智慧」と言います。

知識や知恵は得て増やすものです。
智慧とは、気づくものです。

どちらを選ぼうと本人の自由ですし、
どちらが良い、悪いはありません。

ただ、どうも人生さん側は、
「これを学んでほしいなぁ」
というご意向があるらしく、

その証拠に、

いくら知識や知恵を増やしても、
学びを得た時と「同じの課題」が
終わりなく降りかかってきます

対して、智慧に気づいた時には、
「よしよし、よく気づいたね」
とご満悦するようで、

同じ課題はもう出されません

伝え方の角度を変えると、
ここが非常に大切な点ですが

知識や知恵を増やす限り、
人生のパターンは変わらない

智慧に気づくと、
人生のパターンが変わる

ということです。

これを活用しない手はありません。

どう活用するかというと、

あなたが現状の人生に
満足していて、変えたくない

と望むならば、知識や知恵を
増やしていけば良いわけです。

逆に、現状の人生を変えたい、
もっと良くしていきたい

と望むのであれば、
智慧に気づけば良いのです。

もしもあなたが今、

「人生のパターンを変えたいのに、
 全然変わってくれない、、、」

と悩むのであれば、

人生から得る学びが、
知識や知恵になっていないか?

を疑ってみてください。

知識や知恵を増やしていることに
気づいたら、そうではなく、

私は何を手放せば良いのか?

を自問してみてください。

私たちは、特に嫌な出来事、
苦しかったり、悲しかったり、

そんな時に限って、

「二度とそんな想いをしたくない」

その気持ちのあまり、
そうならない対策」を
考えることに終始しがちです。

しかし、考えてみればそれは
「価値観を付け足す」ことであり、

したがって
人生のパターンは変わりません

逆に辛い想いをしたくないのであれば、
対策のための知識ではなく、

もうそんな想いをしないための
智慧に気づかなければなりません。

そして多くの場合、

「あなたが気づく智慧」

つまり言い方を変えれば

「あなたが手放す価値観」

とは、あなたの中にある

「二極する価値観」

です。

あなたの中の二極を手放し、
与えてくれたお題を無事に
智慧へと転換できれば、

「よしよし、気づいてくれたね」

と満足して、人生さんは
あなたに起こるパターンを
必ず変えてくれますよ。

今日は以上です。
それではまた!

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