成し遂げるための意外な側面
こんにちは、Jayです。
「物事を成し遂げる」
多くの方が何かしらの事柄を、
人生の中で成そうと生きます。
・大学に合格する
・新規目標を達成する
・会社を立ち上げる
・友達100人を作る
・運命の人と出会う
内容は千差万別ですが、
「成す」という点は共通ですね。
今日はそんな「成す」について記事にします。
では、いきましょう。
「水」ってありますよね。
水は、温度によって「氷」や「水蒸気」になります。
温度だけでなく圧も関係しますが、この点は割愛します。
要するにエネルギー密度の捉え方の差に過ぎませんからね。
水を温めれば湯気が立つ。
これが水蒸気ですね。
最終的には全て蒸発します。
水を冷やし続ければ、氷ができます。
最終的には全体が氷になります。
水 + HOT → 水蒸気
水 + COOL → 氷
この構図を押さえておいてください。
さて今日は「成す」の話でしたね。
「成すとは何か」ということですが、
これは一言にすると「形作る」ことです。
運命の人と出会った、そして挨拶もせずにすれ違った
こんなことがあったとしましょう。
これは「運命の人と出会う」と目標を立てた人が、
本当に成したかったことでしょうか?
おそらく違うでしょう。
一瞬の会合、そして別れ。
これを「成した」とは思わないはずですね。
いつかは別れが来るとしても、
「一緒にいる」と実感できるだけの期間、
時を共にすることを望んでいるはずです。
大学合格も一緒。
合格通知が来た、でも入学式までに無効になった。
これって、あなたが望んだことでしょうか。
おそらく違うでしょう。
合格通知が、大学通学を意味したとき、
「成した」と思えるのではないでしょうか。
つまり、一瞬じゃダメなんですね。
ある程度、安定した状態が続く。
これを「形」と言います。
何か「形」が生まれたとき、
私たちは「成した」と受け入れます。
で、水の話に戻しましょうか。
水は「形」を持つでしょうか。
水蒸気は「形」を持つでしょうか。
どうでしょう。
氷が「形」を持つことは、
受け入れやすいと思います。
水になると、物体として存在しても
形となると意見が分かれそうですね。
水蒸気になると、もっと分かれそうです。
つまり、私たちは大小差こそあれ、
水蒸気より水、水より氷に、
形との「近さ」を感じるわけです。
(無形)水蒸気 → 水 → 氷(有形)
こういう構図があるということです。
さて、ここで議論を一気に進めますよ。
「形作る」には「冷たさ」が必要
という話です。
経営者やリーダーの判断に正しいと分かっても
「冷たいな」と感じることがあるかもしれません。
決められたサービスから一歩もでない受付に、
「冷たい対応だな」と思うことがあるかもしれません。
そんな「冷たい」という言い回し、ありますよね。
これが「全くもって、正しい」と言うことです。
あなたが「冷たい」と感知したのは正しい。
なぜならそれは、冷たいと感じた相手が
「形作る」ための動きを取ったから。
冷静・冷徹という言葉は、
選択や判断に用いられやすいです。
形作ることに偏りすぎると、
それは機械じみ情を欠いた結果を生みます。
誰も幸せにはならない。
一方で、温かみ、情に偏りすぎると、
何も形作ることができなくなります。
これも結果的に誰も幸せにしません。
「冷たさ」は悪
「温かさ」こそ善
こんな風に思われがちだったりしますが、
どちらもある目的に対し大切な要素で、
善悪とは無関係です。
「冷たければ冷たいほど良い」
とは言ってませんからね。笑
結局は、何事も中道です。
今回はスポットライトの影に隠れがちな
「冷たさ」の役割についてお伝えしました。
ものを形作るためには、
温度を下げる必要がある
もしもあなたが
「なぜかなかなか形にならない」
との思いを持っていたら、
「温かさ」に意味を持たせすぎていないか
「冷たい」を避けすぎていないか
ここを意識すると良いかもしれませんね。
今日は以上です!
それではまたー。