「運」の掴み方

フリートーク

from.

こんにちは、Jayです。

今日は、参考になるのかは
分かりませんが、

私の「運」について話します。

小さい頃から、
運には少々覚えがあります。

なんだかうまくいく。

母親にも、

「あなたは運だけはいいからね」

と言われます。
(親バカかもしれませんが)

自分では因果関係が
掴めないのに、

偶然に良い流れが
向こうからやってくる。

この感覚についてです。

それについて、
ふと思うところがあったので

記事にしてみようと思いました。

今回の秘訣はあくまでも
私個人の感覚的なものなので、

実際効果はあるか正直知りません。

でも、少なくとも私は、
この感覚を軸として行動して、

成果を実感していますよ、
というものです。

では。

まず第一の秘訣なのですが、
「ピンと来た」からやる。

これです。

ピンと来る、
についてなのですが。

これは、欲ではないです。

「惹かれる」

ではなく、

「なんか引かれる」

という感覚です。

「目に焼きつく」

ではなく、

「なぜか目に留まった」

みたいなやつです。

この感覚を、信じてみる。
で、上手くいくんですね。

そうすると、この感覚自体を、
自分が探すようになる。

より繊細な感覚にも
気づきやすくなるということです。

体は何かを感じている、
でも頭ではわからない

この領域を軸に、
行動できるか。

行動じゃなきゃ、
意味はありません。

感じることができる人は、
それなりにいる気がします。

でも大体、「気のせいか」で
終わってしまう。

だから、感覚も磨かれないし、
運もつかむことができない。

私はそう思っています。

そして次に、第二の秘訣。
これは実は、今日気づきました。

私はよく唐突に、何か物事に
取り掛かることがあるのですが、

これによって思わぬ幸運と
出会うときもあれば、

出会わないときもあります。

どちらも、目的意識のない
「ピンとくる」なのに、

流れに乗れることもあれば、
乗れないこともある。

「なんでなんだろう?」

それで、その差について
考えていたのですが、

上手くいかないときは大抵、
自分の中に「憶測」があることに気づきました。

「これをやったら、
 もしかして何か得られるかも」

そんな憶測が自分の中に立つ。

因果関係がわからない点は、
同じなんです。

でも、違うんですね。

因果関係はわからないけど、
なんか役に立つかも。

この時は、大抵流れに乗れません

逆に流れに乗れる時って、
目的自体を考えていません

なんか引かれるから、やる。
なんか思いついたから、行く。
なんか引かれるから、買う。

であって、

なんか役に立ちそうだから
なんか得られそうだから

ではありません。

この差が分かりますか?

ここ、おそらく結構大事です。

明確な目的意識はなくても、

役に立ちそう、得られそう

自体が、目的意識には
なっているんです。

こういう時、
大体流れに乗れません。

で、これは今まさに、
書きながら思いついたのですが。笑

私はもしかすると、

運が良かったわけではない
のかもしれません。。。

そうではなくて、

目的意識がない、
つまり、視点固定がない。

その状態で、
世界に触れていたから、

流れに乗れたんじゃないか。

もう少し詳しく書くと、

流れは常にあった

という仮説です。

発想の転換で、

乗れる流れと、乗れない流れ
別々の流れの運命があって、

乗れる流れを掴むことができる

という発想ではなく、

何を選ぼうと、全ては流れていて、
その流れに気づけるか否か

という発想です。

目的を探すから、
見つからない。

探してないから、気づける。

パラドックスな感じですが、
すごい真理チックじゃないですか?笑

ちょっと気になったので、
結果が出るか実験してきます。

ということで、
今から実験してくるので

今日は以上です。
それではまた!

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